役員が個人で所有する自宅を法人に譲渡し、会社所有の社宅に住み続ける案が検討されることがある。記事1~5で扱った「第三者からの賃貸物件の借り上げ」とは異なり、個人所有の不動産を法人に移転させる取引であるため、譲渡時の課税関係・会社法上の手続きという、これまでとは別の論点が生じる。
この記事は社宅制度を検討する企業・人事担当者向けに、役員の自宅を法人へ移す場合の論点を整理したものです。個別の自宅売却・購入の仲介は、運営会社のEdo Partnersの不動産売買・賃貸借仲介へご相談ください。税務・会社法の判断は税理士・弁護士に確認します。
なぜこのスキームが検討されるのか
法人が所有権を取得すれば、法人に固定資産、借入れ、維持管理費などが生じる。自社所有物件について貸主への家賃支払いは発生せず、借入元本の返済もそのまま損金にはならない。減価償却、借入利息、固定資産税、取得時の税・費用、役員からの徴収額を分けて試算する。節税効果を前提に判断せず、税理士・弁護士と取引全体を検討する。
譲渡時の税務論点:みなし譲渡課税
個人が所有する不動産を法人へ譲渡する場合、譲渡対価をいくらに設定するかが最大の論点になる。
所得税法59条1項1号は、個人が法人に対して著しく低い価額の対価で資産を譲渡した場合には、時価に相当する金額で譲渡があったものとみなして譲渡所得を計算する旨を定めている(みなし譲渡課税)。「著しく低い価額」の基準は、時価の2分の1未満の対価とされている(所得税法施行令169条)。
つまり、役員が自宅を極端に安い価格で法人に売却すると、実際の売却代金にかかわらず、時価で譲渡したものとして譲渡所得税が課される。含み益のある不動産では、想定外の税負担が生じ得る点に注意が必要である。
時価の2分の1以上の対価であればみなし譲渡課税の直接適用はないが、その取引が実質的に租税回避と評価される場合には、法人税法132条の「同族会社等の行為又は計算の否認」規定により、税務署長が時価による取引があったものとして課税関係を再構成する可能性がある点も踏まえておきたい。
法人側の税務論点:受贈益課税
個人から法人が時価より低い対価で不動産を譲り受けた場合、時価と譲受対価との差額は法人の受贈益として法人税の課税対象となる(法人税法22条2項)。つまり、個人側の低額譲渡は、譲渡した個人側にはみなし譲渡課税、譲り受けた法人側には受贈益課税という両面で課税リスクが生じる構造になっている点は、スキームを検討する上で必ず押さえておくべきポイントである。
時価の算定
みなし譲渡課税・受贈益課税いずれにおいても核心となるのは「時価」の算定である。不動産の時価は、固定資産税評価額や相続税路線価をそのまま用いるのではなく、実勢価格(取引事例比較法や収益還元法等による鑑定評価額)を基礎に判断されるのが原則である。特に役員個人と法人という特別な関係にある当事者間の取引であるため、恣意的な低価格設定と評価されないよう、不動産鑑定士による鑑定評価等、客観的な時価算定資料を準備しておくことが望ましい。
会社法上の論点:利益相反取引
役員が自らの不動産を、自身が取締役を務める会社に売却する取引は、会社法上の利益相反取引(直接取引)に該当する(会社法356条1項2号)。この場合、
- 取締役会設置会社では取締役会の承認、取締役会非設置会社では株主総会の承認が必要
- 取引後は遅滞なく取締役会へ重要事実を報告する義務がある(会社法365条2項)
- 承認を得ていたとしても、取引によって会社に損害が生じた場合、取締役は任務懈怠が推定され、損害賠償責任を問われ得る(会社法423条3項)
一人代表・一人株主の会社であっても、形式的には利益相反取引に該当するため、議事録の作成等、法定の手続きを省略しないことが望ましい。
Edo Partnersの実務視点:所有権移転と借り上げを取り違えない
Edo Partnersが実際に強みを持つのは、企業側での社宅規程の制定、従業員との負担条件の合意、賃貸人との条件交渉である。役員の自宅売買について実績を主張するものではない。社内相談を受けたときは、まず「法人が所有する案」と「第三者物件を法人が借り上げる案」を分け、それぞれの資金負担、利用規程、役員負担、退出時の扱いを比較する。所有権移転案の価格・課税・利益相反手続きは不動産鑑定士・税理士・弁護士に引き継ぐ。
実務上の留意点
- 譲渡対価は不動産鑑定等により時価の根拠を明確にし、時価の2分の1を下回らない水準に設定する
- 取締役会(または株主総会)の承認決議・議事録を必ず作成する
- 譲渡後は改めて記事1の算式に基づき賃貸料相当額を計算し、役員から適正に徴収する体制を整える
- 住宅ローンが残っている場合、金融機関の承諾なく法人へ所有権を移転すると契約違反(期限の利益喪失事由)に該当し得るため、事前に金融機関へ相談する
よくある質問(Q&A)
Q1. 時価の半額で売れば問題ないのですか?
時価の2分の1が「著しく低い価額」の境界線とされているが、これはあくまでみなし譲渡課税が適用されるか否かの基準であり、2分の1以上であれば無条件に問題がないというわけではない。同族会社の行為計算否認規定の適用リスクや、法人側の受贈益課税の問題は別途生じ得るため、時価そのものに近い水準での取引が望ましい。
Q2. 住宅ローンが残っている自宅でも、法人へ売却できますか?
法的には可能だが、住宅ローンの契約上、多くの金融機関は「自己の居住の用に供すること」を融資条件としており、所有者を法人に変更すると契約違反となるおそれがある。売却前に金融機関へ相談し、法人向けの借り換えや一括返済の要否を確認する必要がある。
Q3. 一人社長の会社でも取締役会の承認は必要ですか?
会社法上は形式的に利益相反取引に該当する場合、株主全員の同意があれば実質的な弊害がないとして承認手続きを要しないとする考え方もあるが、実務上は取締役会(非設置会社であれば株主総会)の承認決議を経て議事録を作成しておくことが無難である。
Q4. 時価の算定は固定資産税評価額を使ってはいけませんか?
固定資産税評価額は実勢価格より低く出ることが一般的であり、そのまま時価として用いると低額譲渡と判定されるリスクが高まる。不動産鑑定士による鑑定評価や、近隣の取引事例に基づく実勢価格の算定資料を準備することが望ましい。
参照法令
- 所得税法59条1項1号(個人から法人への低額譲渡・みなし譲渡課税)
- 所得税法施行令169条(著しく低い価額の対価の基準=時価の2分の1未満)
- 法人税法22条2項(受贈益の益金算入)
- 法人税法132条(同族会社等の行為又は計算の否認)
- 会社法356条1項2号(利益相反取引)、365条2項(取締役会への報告義務)、423条3項(任務懈怠の推定)
※本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の譲渡取引における課税関係や会社法上の適法性を保証するものではありません。本スキームは含み益や資産規模によっては多額の税負担が生じ得る高度な論点を含むため、実行にあたっては税理士・弁護士等の専門家に個別にご相談のうえ、時価算定・手続き双方の適正性を確認してください。本記事の内容は執筆時点の法令に基づくものであり、将来の税制改正等により内容が変更となる場合があります。